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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)549号 判決

原告 大福信用金庫

被告 国 外二名

訴訟代理人 永沢信義 外八名

主文

被告らは各自原告に対し、山本広および原告が、別紙物件目録第一記載の土地および同目録第二記載の建物について、いずれも大阪法務局江戸堀出張所昭和四〇年五月八日受付第一三八一二号をもつてなされた所有権移転請求権保全の仮登記に基づき、昭和四二年一〇月二七日付代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をなすことを承諾せよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、被告訴訟代理人らはいずれも、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

原告訴訟代理人は、その請求の原因として、

「一、原告は、昭和三九年七月二〇日山本広との間で、手形の割引、手形貸付、証書貸付、当座勘定貸越、保証等を内容とする信用取引契約を締結し、更に昭和四〇年五月六日右取引に基づき山本広が原告に対して現に負担し、または将来負担することのあるべき一切の債務を担保するため、同人の所有に係る別紙物件目録第一記載の土地(以下本件土地という。)および同目録第二記載の建物(以下本件建物という。)について、債権元本極度額を金三、〇〇〇、〇〇〇円(後に昭和四一年一〇月三一日に金四、〇〇〇、〇〇〇円、昭和四二年七月二六日に金六、〇〇〇、〇〇〇円にそれぞれ増額する旨の変更登記)とする根抵当権設定契約を締結し、かつ山本広において債務不履行のあつた場合には、原告が山本広の債務の履行に代えて、本件土地および建物の所有権を取得できるという代物弁済契約の予約も付せられた。なお右代物弁済の予約の内容は、原告がなす予約完結権の行使に伴い弁済したものとされる山本広の債権額は右予約完結時における本件土地および建物の時価相当額とされ、実際の債権額との間に過不足があれば、清算をするという趣旨のものであつた。

二、右各担保契約に従い、本件土地および建物に対して、大阪法務局江戸堀出張所昭和四〇年五月八日受付第一三八一一号をもつてなされた、原告を権利者とし同月六日付設定契約を原因とする根抵当権設定登記、および同法務局同出張所同月八日受付第一三八一二号をもつてなされた原告を権利者とし同月六日付代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がそれぞれ付された、

三、前記信用取引契約には、「山本広の依頼に係る割引手形の支払人その他の手形関係人が支払いを停止し、または支払いを停止するおそれがあると原告が認めた場合には、当核手形の支払期日前でもその手形の呈示を要しないで、原告の請求により山本広は右手形を買い戻す義務を負う」旨の約定が存していたところ、山本広は原告との取引続行中に、同人振出に係る約束手形を昭和四二年七月二四日頃不渡りとし、更に同月二六日大阪手形交換所より手形取引拒絶処分を受けたので、原告は山本広に対し割引手形の買戻しを請求した上、同年一〇月二七日到達の内容証明郵便をもつて、山本広が原告に対して負担している右割引手形買戻債務である手形額面合計金八、八三三、一三六円および同期限後利息(正しくは合計金一〇、〇二二、九三二円)のうち、本件土地および建物の時価相当額である金五、八〇〇、〇〇〇円の支払いに代えて、本件土地および建物の所有権を取得するという代物弁済予約完結の意思表示をしたから、同日本件土地および建物の所有権は山本広より原告に移転した。

四、ところが、本件土地および建物については、原告名義の前記所有権移転請求権保全の仮登記がなされた後に、

(一)  大阪法務局江戸堀出張所昭和四二年四月二二日受付第一二一三五号をもつてなされた、被告国を権利者とし、同月二一日付大阪福島税務署差押えを原因とする差押登記

(二)  同法務局同出張所昭和四二年九月二一日受付第二九七四七号をもつてなされた、被告日特重車車輛株式会社(以下単に被告日特という。)を権利者とし同日付大阪地方裁判所仮差押決定を原因とする仮差押登記

(三)  同法務所同出張所昭和四二年一〇月六日受付第三一五五九号をもつてなされた、被告株式会社大阪ハマタイヤセールス(以下単に被告ハマタイヤという。)を権利者とし同日付大阪地方裁判所仮差押決定を原因とする仮差押登記

がそれぞれなされている。

五 しかし、原告が本件土地および建物について、前記仮登記に基づく所有権移転の本登記を取得したときは、被告ら三名の右各登記は原告に対抗できない関係にある。したがつて、被告ら三名はいずれも山本広および原告が本件土地および建物について、前記仮登記に基づき所有権移転の本登記手続をなすことを承諾する義務を負担するから、原告は被告ら三名に対し、右義務の履行を求めるため、本訴に及んだ。」

と述べ、被告国の抗弁に対し、

「被告国が本件土地および建物に対して、その主張どおりの日時に差押えをなしたこと、および原告の本件土地および建物に対する根抵当権の被担保債権極度額について、その主張どおりの経過により変更登記がなされていることは、いずれも認めるが、被告国が山本広に対して有している債権額は不知、被告国に承諾義務がない旨の主張、および被告国の承諾義務の履行と原告の清算義務の履行とは同時履行の関係にあるとの主張は、いずれも争う。代物弁済契約の予約により担保される債権の額は、根抵当権の債権元本極度額に限定されるわけではない。」

と述べ、被告日特の抗弁に対し、

「被告日特が山本広に対して有している債権額は不知、その余の主張はすべて争う。原告は山本広に対して、割引手形の遡求権とは別個に割引手形買戻債権を有している。」

と述べ、被告ハマタイヤの主張に対しつぎのとおり述べた。

「被告ハマタイヤが山本広に対して有している債権額は不知。」

被告国代理人は、請求原因事実に対する答弁として、

「請求原因一および三の事実はいずれも不知、同二および四の事実はすべて認める。同五の主張は争う。」

と述べ、抗弁として、つぎのとおり述べた。

「一、昭和四四年四月一〇日現在被告国が山本広に対して有している債権額は、昭和四一年度第三期分の所得税金六三六、四二〇円、および同年度所得税更正分金一四、七〇〇円の合計金六五一、一二〇円である。

二、本件代物弁済契約の予約は、原告も主張するように、処分清算型のそれであるところ、原告は本件代物弁済の予約により担保される債権額は金一〇、〇二二、九三二円と主張するけれども、本件代物弁済の予約が債権元本極度額を金三、〇〇〇、〇〇〇円とする根抵当権設定契約と一体として締結されたことを考えると、本件代物弁済の予約により担保される債権額はやはり金三、〇〇〇、〇〇〇円であると解すべきである。もつとも、本件根抵当権の被担保債権の極度額はその後昭和四一年一〇月三一日に金四、〇〇〇、〇〇〇円、昭和四二年七月二六日に金六、〇〇〇、〇〇〇円とそれぞれ増額する旨の変更登記がなされているが、本件代物弁済の予約の被担保債権については増額するという約定がなされていないから、本件代物弁済の予約の被担保債権額は当初の金三、〇〇〇、〇〇〇円のままである。仮に本件代物弁済の予約の被担保債権額も本件根抵当権の債権元本極度額の増額に従つて変更されるとしても、被告国は昭和四二年四月二二日本件土地および建物に対して差押えをしているから、原告は被告国に対して金四、〇〇〇、〇〇〇円の限度でしか対抗できない。そして本件土地および建物の昭和四二年当時における時価は金六、〇〇〇、〇〇〇円であつたから、原告は被告国に対し右被担保債権につき優先弁済権を主張しうるだけであつて、仮登記に基づく本登記手続をなすことにつき承諾を求めることはできない。

三、仮に右主張が認められないとしても、原告は本件代物弁済契約の予約完結権を行使したことにより、清算義務を負担しているところ、右義務の履行と、被告国の前記承諾義務の履行とは、同時履行の関係にあるから、原告において、清算義務の履行として山本広の滞納税額金六五一、一二〇円を支払うまで、被告国は承諾義務の履行を拒絶する。」

被告日特代理人は、請求原因事実に対する答弁として、

「一、請求原因一のうち、原告と山本広との間で本件代物弁済契約が締結されたとの主張は否認し、その余の事実、および同三の事実は、いずれも不知、同二および同四の事実はすべて認める。同五の主張は争う。

二、本件証拠を検討してみても、原告と山本広との間で本件代物弁済契約の予約が締結されていたとは認められないから、原告の予約完結の意思表示は効力が発生しない。」

と述べ、抗弁として、つぎのとおり述べた。

「一、被告日特は山本広に対して、建設機械二台を代金合計金一一、〇四二、九〇〇円で売却したが、同人は残代金四、九四三、九一五円の支払いをしていないから、被告日特は山本広に対して同額の債権を有している。

二、原告が山本広に買戻義務があると主張する割引手形八通のうち三通の約束手形額面合計金四、四四四、〇〇〇円については、原告に買戻請求権がない。即ち右三通の約束手形はいずれも白地手形であつたが、原告は白地部分を補充しないまま支払呈示期間を経過させたため、右三通の約束手形については原告の過失により、遡求権が発生しないことになつた。山本広としても、このように手形上の前者に対する遡求権も付着していない法律上無価値な約束手形まで買い戻す義務を負わない。仮にこのような場合でも買い戻さなければならない約定であるとすると、この特約は信義則ないし公序良俗に反し無効である。

三、仮に右主張が認められないとしても、山本広は原告がその故意または過失によつて、前記三通の約束手形につき白地補充権を行使しなかつたことにより、遡求権に相当する金四、四四四、〇〇〇円の損害を蒙つた。しかるに山本広は無資力でありながら右損害賠償請求権を行使しないので、被告日特は山本広に対する債権者代位権に基づき、昭和四四年五月一七日の本件口頭弁論において、右損害賠償債権を自働債権として、原告の山本広に対する買戻請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四、以上のような次第で、原告主張の買戻請求権の一部は存在しないし、原告が予約完結権行使の意思表示をした際に明示した債権額と実際の買戻請求権の額との間には相当食違いもあり、また弁済の充当関係も不明であるので、原告の予約完結の意思表示は到底有効なものであるということができない。」

被告ハマタイヤ代理人は、請求原因事実に対する答弁として、

「請求原因一の事実は不知、同二および四の事実はすべて認める。同三のうち、本件土地および建物の時価が金五八〇〇、〇〇〇円であるという主張を否認し、その余の事実は不知。同五の主張は争う。」

と述べ、主張として、つぎのとおり述べた。

「被告ハマタイヤが山本広に対して有している債権額は、約束手形金合計金四八五、二八〇円および売掛債権合計金四五一、七四〇円の総計金九三七、〇二〇円およびこれに対する昭和四二年一一月一二日より支払いずみまで年六分の割合による遅延損害金である。」

〈証拠省略〉

理由

一、本件土地および建物について、大阪法務局江戸堀出張所昭和四〇年五月八日受付第一三八一一号をもつてなされた、原告を権利者とし同月六日付設定契約を原因とする根抵当権設定登記、および同法務局同出張所同月八日受付第一三八一二号をもつてなされた、原告を権利者として同月六日付代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされており、更に右仮登記がなされた後に、(一)同法務局同出張所昭和四二年四月二二日受付第一二一三五号をもつてなされた被告国を権利者とし同月二一日付大阪福島税務署差押えを原因とする差押登記、(二)同法務局同出張所昭和四二年九月二一日受付第二九七四七号をもつてなされた、被告日特を権利者とし同日付大阪地方裁判所仮差押決定を原因とする仮差押登記、および(三)同法務局同出張所昭和四二年一〇月六日受付第三一五五九号をもつてなされた、被告ハマタイヤを権利者とし同日付大阪地方裁判所仮差押決定を原因とする仮差押登記がそれぞれなされていることについては、いずれも当事者間に争いがない。

〈証拠省略〉を総合すると、原告は昭和三九年七月二〇日山本広との間で、手形の割引、手形貸付、証書貸付、当座勘定貸付、保証等を内容とする信用取引契約を締結したが、右契約には、「山本広の依頼に係る割引手形の支払人その他の手形関係人が支払いを停止し、または支払いを停止するおそれがあると原告が認めた場合には当該手形の支払期日前でもその手形の呈示を要しないで、原告の請求により山本広は右手形を買い戻す義務を負う」という約定が存していたこと、更に原告は昭和四〇年五月六日、右取引に基づき山本広が原告に対して現に負担し、または将来負担することのあるべき一切の債務を担保するため、同人の所有に係る本件土地および建物について、債権元本極度額を金三、〇〇〇、〇〇〇円とする根抵当権設定契約を締結し、かつ山本広において債務不履行のあつた場合には、原告が山本広の債務の履行に代えて、本件土地および建物の所有権を取得できるという代物弁済契約の予約も付せられたこと、なお右代物弁済の予約の内容は、原告がなす予約完結権の行使に伴い弁済したものとされる山本広の債権額は右予約完結時における本件土地および建物の時価相当額とされ、実際の債権額との間に過不足があれば、清算をするという趣旨のものであつたこと、そして右各担保契約に従い、前示のとおり、本件土地および建物に対して根抵当権設定登記、および所有権移転請求権保全の仮登記がそれぞれなされたこと、ところが山本広は原告との取引続行中に、同人振出に係る約束手形を昭和四二年七月二四日頃不渡りとし、更に同月二六日大阪手形交換所より手形取引拒絶処分を受けたこと、そこで原告はそれまでに山本広の依頼に基づき割引いていた、第三者が振り出し、山本広がいずれも第一裏書人となつている約束手形八通について、前示約定に従い、山本広に対して買戻方を請求した上、その履行を請求したが、同人は支払わなかつたこと、そこで原告としては債権の回収を図るため、本件土地および建物を金六、〇〇〇、〇〇〇円で他に売却した上、その売得金をもつて右債権の一部弁済に充てようとし、かなりの程度まで話が進んだものの結局まとまるには至らなかつたこと、また山本広が代表者になつている株式会社南庄組が山本広の保証人となり同人の右債務を月賦で支払うという話も出たが、この話も右会社が誠意をみせなかつたため成立しなかつたこと、このため原告は、昭和四二年一〇月二七日到達の内容証明郵便をもつて、山本広が原告に対して負担している割引手形買戻債務である手形額面合計金八、八三三、一三六円および同期限後利息のうち、本件土地および建物の時価相当額金六、〇〇〇、〇〇〇円より山本広の母で当時本件建物に居住していた山本喜代子に立退料として支払うべき金二〇〇、〇〇〇円を差し引いた金五、八〇〇、〇〇〇円の支払いに代えて、本件土地および建物の所有権を取得するという代物弁済予約完結の意思表示をしたこと、もつとも右予約完結当時山本広が原告に対して負担してた割引手形買戻債務を正確に計算してみると、金一〇、〇二二、九三二円であつたこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

そこで進んで、被告らが主張する各抗弁について、以下において順次検討することとする。

二、まず被告国の抗弁について判断する。

〈証拠省略〉によると、昭和四四年四月一〇日現在被告国が山本広に対して有している債権額は合計金六五一、一二〇円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

被告国は、本件代物弁済契約の予約の被担保債権はこれと同時に締結された根抵当権における債権元本極度額金三、〇〇〇、〇〇〇円であるが、その後一度増額変更された金四、〇〇〇、〇〇〇円であると解すべきところ、本件土地および建物の当時の時価は金六、〇〇〇、〇〇〇円であつたから、このような場合原告としては右担保債権につき優先弁済権を主張しうるだけで、被告国に対し承認を求めることはできない、仮に承諾を求めうるとしても、原告の清算義務の履行と、被告国の承諾義務の履行とは同時履行の関係にあるから、原告が山本広の債権額金六五一、一二〇円を支払うまで承諾義務の履行を拒絶する旨主張する。

なるほど前顕中〈証拠省略〉によれば、本件代物弁済契約の予約は、本件根抵当権設定契約と同一の契約書の中で締結されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかしながら、たとえ同一の契約書の中で締結されたものであつても、代物弁済契約の予約は、根抵当権設定契約とは別個独立の担保契約であるから、代物弁済の予約の被担保債権額が根抵当権の債権元本極度額と一致しなければならない理由は全くない。それ故、継続的取引から発生する債権を担保するために締結された代物弁済の予約の被担保債権は、当事者間で特段の意思表示がない限り、予約完結権行使当時に債権者が債務者に対して取得している右継続的取引から発生した一切の債権を含むものと解すべきである。このことは、抵当権とは関係なく、代物弁済契約の予約のみが締結された場合との権衡からも明らかなところである。したがつて、原告と山本広との間で被担保債権の範囲につき特段の意思表示がなされた旨の立証のない本件においては、本件代物弁済の予約の被担保債権額は、原告が予約完結権行使当時山本広に対して有していた金一〇、〇二二、九三二円ということになる。

ところで、本件代物弁済契約の予約は、前示のとおり清算型のそれであるが、原告が差押債権者である被告国に対して優先弁済権しか主張できず、あるいは被告国の山本広に対する債権の履行とか引換えでなければ仮登記に基づく本登記手続をなす承諾を求めることができないとされるのは、担保物件である本件土地および建物の価額が原告の山本広に対する債権額を上まわる場合のみである。本件の場合においては、原告の山本広に対する債権額が金一〇、〇二二、九三二円であるのに対して、本件土地および建物の予約完結権行使時における時価は、前認定のとおり金六、〇〇〇、〇〇〇円であるにすぎなかつたから、被告国の右主張は理由がない。

三、つぎに、被告日特の抗弁について、判断する。

〈証拠省略〉によれば、被告日特が山本広に対して有している債権額は金四、九四三、九一五円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

被告日特は、原告が遡求権を喪失せしめた割引手形三通額面合計金四、四四四、〇〇〇円の約束手形については山本広に買戻義務がないし、仮にこのような場合でも買い戻さなければならない約定であるとするとこの特約は信義則ないし公序良俗に反し無効であり、また原告が遡求権を喪失せしめたことにより、山本広は遡求権に担当する金四、四四四、〇〇〇円の損害を蒙つたから、被告日特は山本広に対する債権者代位権に基づき右損害賠償債権を自働債権として原告の山本広に対する買戻請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした、そうすると、原告主張の買戻請求権の一部は存在しないし、原告が予約完結権行使の意思表示をした際に明示した債権額と実際の買戻請求権の額との間には相当食い違いもあり、また弁済の充当関係も不明であるので、原告の予約完結の意思表示は有効といえない旨主張する。

なるほど、〈証拠省略〉によれば額面合計金四、四四四、〇〇〇円の三通の約束手形については、原告が白地部分を補充しないまま支払呈示期間を経過せしめたため、手形法上適法な支払いのための呈示がなされなかつたことになり、遡求権が発生しなくなつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。しかしながら、原告は山本広に対して、右三通の約束手形についても、請求権を行使したのではなく、前認定のような買戻義務を定めた約定に従い、右三通の約束手形の買戻しを請求したのであるから、同人に買戻義務が存することは明らかであるというべきであり、しかも右約定は、もともと山本広は裏書人として手形の正当な所持人である原告に対して請求義務を負担しているところ、手形法が定めている遡求権行使に必要な厳格な要件を、原告と山本広との間の特約により一部緩和したというにすぎないものであるから、手形上遡求権が消滅していることの一事を捉えて、右約定が信義則ないし公序良俗に反する無効なものであるということはできない。

また、山本広は買戻義務を履行して右約束手形三通を受け戻した場合、原告より戻裏書を取得するか、あるいは自ら自己以後の裏書全部を抹消すれば右各手形の正当な所持人である地位を回復するのであるから、たとえ手形法上適法な支払いのための呈示がなされていなくても、手形上の主たる債務者である振出人に対し権利を行使するにつき何の障害もない。しかも前認定のとおり、山本広はいずれも右約束手形三通の第一裏書人であるから、仮に原告より山本広に対して適法な遡求権の行使がなされ、同人がこれを履行したとしても、山本広は再遡求権を取得するのではなく、振出人に対する手形金債権を取得するだけである。そうすると、原告が適法な支払いのための呈示を怠たり、右三通の手形の遡求権を喪失せしめたとしても、山本広が遡求権に相当する金四、四四四、〇〇〇円の損害を蒙つたことにはならないから、被告日特の相殺の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

右に説示したとおりであるから、原告主張の買戻請求権が一部存在しないというような事実はない。また前認定のとおり、予約完結権行使の際、原告は山本広に対する債権を割引手形買戻債権である手形額面合計金八、八三三、一三六円および同期限後利息と明示したところ、右債務を正確に計算してみると金一〇、〇二二、九三二円であつたことは事実であるが、右両者を比較した場合に、債権の同一性を害するほど大きな食い違いが存するとは解せられない。更に前顕〈証拠省略〉によれば、原告が担保を処分した場合に、山本広の債務に対する弁済充当の指定権は原告にあるところ、原告は予約完結権行使のときに弁済充当の指定をしていないことが認められる(右認定に反する証拠はない。)が、予約完結権行使のときに弁済充当の指定をしていないことが直ちに予約完結権行使の意思表示の効力に影響を及ぼすということもできない。したがつて、原告の予約完結の意思表示は有効であるといわねばならないから、被告日特の右主張はいずれも失当である。

四、更に被告ハマタイヤの主張について、考えてみる。

被告ハマタイヤは、同被告が山本広に対して有している債権額は金九三七、〇二〇円およびこれに対する昭和四二年一一月一二日より支払いずみまで年六分の割合による遅延損害金であると主張するところ、右事実は〈証拠省略〉によつて認められ、右認定に反する証拠はないけれども、右のような山本広に対する債権額を主張するのみでは、原告の本訴請求を拒む理由とはなしえない。

五、以上のような次第であつて、原告は本件土地および建物の所有権を代物弁済により取得したことになるから、原告が本件土地および建物について、前示仮登記に基づく所有権移転の本登記を取得したときは、被告ら三名をそれぞれ権利者とする前示各登記は原告に対抗できない関係にある。そうすると、被告ら三名はいずれも、登記上利害関係を有する第三者として、山本広および原告が本件土地および建物について、右仮登記に基づき所有権移転の本登記手続をなすことを承諾する義務を負担していることになるから、この義務の履行を求める原告の本訴請求はすべて正当である。よつて、原告の本訴請求をすべて認容することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 喜多村治雄)

物件目録〈省略〉

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